旅行する際、どの観光地に行ったら良いか迷う方は多いと思います。この記事では兵庫県姫路市やその周辺エリア(明石市・たつの市・赤穂市・神河町など)の観光スポットを紹介します!
姫路エリア(兵庫県)
【貴重な現存天守・白鷺城】姫路城
1346年に赤松貞範(さだのり)により築城されたと伝えられており、黒田氏や羽柴氏の時代を経て、池田輝政により城郭が大規模拡張されました。城壁が白く塗られていることから「白鷺(はくろ)城」と呼ばれているほか、大きくて迫力のある五重六階連立式望楼型の大天守と3つの小天守を持つ姫路城天守は、江戸時代当時の姿を残す貴重な現存天守で戦時中の姫路空襲では奇跡的に焼失を免れました。1993年(平成5年)に世界文化遺産に登録されました。姫路城周辺には好古園・姫路市立動物園・姫路市立美術館・兵庫県立歴史博物館など観光スポット多数です。
【基本情報】 【交通アクセス】
【姫路城近くの庭園】好古園
姫路城南西に位置する庭園で、この付近に藩校「好古堂」があったことに由来します。発掘調査で発見された西御屋敷・武家屋敷などの遺構を活かした池泉回遊式庭園で、瀬戸内海を表現した池と姫山を借景とした「御屋敷の庭」や本格的数奇屋建築の茶屋が建つ「茶の庭」など9つの庭で構成されています。長屋門・屋敷門など江戸時代の建築の再現も行われています。
【基本情報】 【交通アクセス】
【姫路城近くに鎮座する朱色の社殿】播磨国総社 射楯兵主神社
播磨国総社 射楯兵主神社(はりまのくにそうしゃ いたてひょうずじんじゃ)は姫路城の南東に位置する神社で、射楯大神(いたてのおおかみ)と兵主大神(ひょうずのおおかみ)を主祭神としてお祀りしています。それぞれ別々の場所に祀られていた射楯大神と兵主大神が920年代に現在地付近に合祀され、1181年(養和元年)に播磨国各地の神々をこの地に集め播磨国総社となりました。かつての社殿は姫路空襲により焼失し、現在の社殿は戦後に再建されたものです。朱色に塗られた社殿と総社御門が特徴的。60年に1度行われる一ツ山大祭、20年に1度行われる三ツ山大祭で知られています。
【基本情報】 【交通アクセス】
太陽公園
(編集中)
【西の比叡山】書写山圓教寺
966年に性空により創建された天台宗の寺院です。標高371mの書写山山頂に位置し、ロープウェイを利用して登ることができます。「西の比叡山」と呼ばれるほど格式が高く、西国三十三か所の寺院の中では最大規模です。
【基本情報】 【交通アクセス】
明石エリア(兵庫県)
【貴重な現存三重櫓が残る】明石公園
明石駅ホームから北側を向くと櫓や石垣が残されている明石公園があり、かつてこの場所は明石城でした。明石城は1619年(元和5年)に徳川秀忠の命を受けた明石藩初代藩主の小笠原忠政により築城されました。四隅に建設された櫓のうち、巽櫓と坤櫓が江戸時代当時の姿で現存しており、これらの櫓は日本で12期しか現存していない三重櫓のうちの2つです。天守台が現存していますが天守は築かれたことはなく、坤櫓を天守の代用としていました。巽櫓・坤櫓は特定日に公開されています。
【基本情報】 【交通アクセス】
【明石焼きが食べられる!】魚の棚商店街
明石駅の近くに位置する魚の棚商店街は鮮魚店・飲食店を中心に約110店舗が集まるアーケード商店街で、「うおんたな」と呼ばれることも多いです。1618年の明石城築城と同時に城下町が形成されると、この辺りは「魚町」と呼ばれる鮮魚や干物の取引が行われる地域となりました。明石海峡はタコ・鯛など様々な美味しい魚介類が獲れる場所で、たこを使った明石焼きが有名です。
【基本情報】 【交通アクセス】
【日本最古のプラネタリウム】明石市立天文科学館
1960年(昭和35年)に開館した「時と宇宙」をテーマとした博物館で、現存する天文科学館の中では日本で最初に建設されました。日本標準時子午線の東経135度線上に時計塔が設置されています。現役のものとしては日本最古のプラネタリウムが設置されていることが特徴。14階の展望室からは明石市街地・明石海峡を一望できます。
【基本情報】 【交通アクセス】
加西エリア(兵庫県)
【日本屈指の古塔】一乗寺
一乗寺(いちじょうじ)は聖観音菩薩をご本尊として祀る天台宗の寺院です。天竺から日本にやってきた法道がこの場所を法華経の霊山と見出したことにちなみ「法華山」という山号となり、650年(白雉元年)に一乗寺が建立されました。平安時代の1171年(承安元年)に建てられた境内の三重塔は日本屈指の古塔として国宝に指定されています。一乗寺は紅葉の名所としても知られており、三重塔が紅葉の赤色や黄色で覆われる景色が魅力的です。
たつのエリア(兵庫県)
【再建された御殿・櫓】龍野城
1499年(明応8年)に赤松村秀が鶏籠山城を築城されましたが、鶏籠山城は江戸時代に破却。1672年(寛文12年)に脇坂安政により龍野城が築城されました。「霞城」とも呼ばれています。明治時代に龍野城の建物は解体されたようですが、昭和50年代に御殿・櫓などが再建されています。たつの市の桜の名所として知られています。
【基本情報】 【交通アクセス】
相生・赤穂エリア(兵庫県)
【近世城郭では珍しい変形輪郭式海岸平城】赤穂城跡
赤穂城は赤穂藩初代藩主の浅野長直により1648年(慶安元年)から1661年(寛文元年))にかけて築城されたお城です。近世城郭では珍しい変形輪郭式海岸平城で、天守台は築かれたものの天守は築かれなかったようです。1701年(元禄14年)に江戸城で赤穂藩3代藩主の浅野長矩が吉良上野介に斬りつけるという赤穂事件が起こると浅野氏は改易となり、1706年(宝永3年)に森長直が入場してからは森家の時代が長く続きます。明治時代の廃城令以降は赤穂城の解体が進行。1955年(昭和30年)に復元された大手門櫓・大手門や1990年(平成2年)に復元された二の丸庭園が見どころ。赤穂城跡周辺には赤穂大石神社・赤穂市立歴史博物館・赤穂市立海洋科学館などがあり観光スポットがたくさんあります。
【基本情報】 【交通アクセス】
【赤穂浪士を祀る】赤穂大石神社
赤穂藩3代藩主の浅野長矩が吉良上野介に斬りつけた赤穂事件の後、赤穂浪士を称える人々により密かに赤穂城内に小さな祠が建てられていました。明治時代になると政府より浅野長矩を祀る神社建設の許可が下り、1912年(大正元年)に現在の赤穂大石神社の社殿が完成しました。その後浅野家の遠祖にあたる森家の七武将も赤穂大石神社に祀られています。境内には狛犬の石像がたくさん見られ、犬を連れての参拝も可能。義士宝物殿には大石家・浅野家・森家に関する資料の展示が行われています。
【SNS映えのきらきら坂!】赤穂御崎
赤穂御崎は瀬戸内海に面する岬で、瀬戸内海や小豆島を眺めることができるほか、奇岩や節理などの険しい海岸線が見られます。赤穂御崎の近くには大石名残の松・赤穂御崎温泉・伊和都比売(いわつひめ)神社など見どころがたくさん。特に伊和都比売神社から瀬戸内海に向かう石畳が敷かれた坂道の「きらきら坂」は近年SNS映えスポットとして注目されています。
【基本情報】 【交通アクセス】
坂越の古い町並み(兵庫県赤穂市)
天然の良港とされた坂越は西回り航路の拠点として栄え、多くの豪商が坂越で廻船業を営んでいたほか、参勤交代の港としても使用されていました。西廻り航路が衰退した後も塩の積出を行うための港として明治時代までとても栄えていたそうです。坂越と高瀬舟の発着があった千種川を結ぶ「大道」と呼ばれる通り沿いには昔ながらの町並みが残されています。
【基本情報】 【交通アクセス】
神崎エリア(兵庫県)
【ススキの大草原】砥峰高原
標高800~900mに位置する草原で、日本有数のススキ群生地です。夏には「緑色の絨毯」、秋にはススキが生い茂ることから「銀色の絨毯」と呼ばれる光景となり、その景色が美しいことから映画やドラマのロケ地としても利用されています。砥峰高原の環境維持のために毎年4月には山焼きが行われます。
【基本情報】 【交通アクセス】
朝来エリア(兵庫県)
生野銀山
(編集中)
コメントを残す